大判例

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福岡地方裁判所 昭和31年(ワ)1047号 判決

原告

右代表者法務大臣

愛知揆一

右指定代理人

小林定人

木村正美

右訴訟代理人弁護士

山田思郎

福岡市桝木屋町二〇番地

被告

渡辺茂

右訴訟代理人弁護士

灘岡秀親

右当事者間の昭和三一年(ワ)第一〇四七号所有権移転登記手続請求事件について、昭和三十四年五月一日終結した口頭弁論に基き、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告は福岡市万町七番地訴外有限会社渡辺商事に対し別紙目録記載の各不動産につき、それぞれ所有権移転登記手続をなせ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告指定代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として

一  訴外有限会社渡辺商事(以下渡辺商事と略称する)は、昭和三十一年十月二十九日現在において次の通り国税合計百九十七万三千七百二十円を滞納している。

〈省略〉

二、右渡辺商事は昭和二十八年四月十五日訴外吉村貞文より別紙目録記載の各不動産(以下は本件各不動産と略称する)を買い受けその所有権を所得した。しかるに右訴外人と被告との間には右各不動産について売買をした事実はないにもかかわらずそのように仮装し、昭和二十八年十一月二十八日右各不動産につき、それぞれ被告は売買を原因とする所有権移転登記をなした。

三、ところで右渡辺商事の資産としては本件不動産以外には存在せず、原告は前記国税を徴収するためには右各不動産に対し国税徴収法に基き滞納処分の執行をなさざるを得ないのであるが、その前提として実体関係に符合しない前記各登記を改めて実体関係に符合させるため、民法第四二三条に基き渡辺商事に前記各不動産の所有権移転登記手続を求めるため本訴に及んだ。

旨述べ、

被告訴訟理代人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

原告の請求原因中第一項の事実及び第二項中本件各不動産につき被告が訴外吉村貞文より所有権移転登記を受けたことは認め、その余は否認する。本件各不動産は昭和二十八年四月下旬頃被告が直接訴外吉村貞文から代金約二百三十万円で買い受け、その所有権を取得したものであてた、渡辺商事が買い受けたものではない。

旨述べた。

証拠として原告指定代理人は甲第一ないし第十八号証を提出し、証人本田貞寿の証言(第一、二回)を援用し、

被告訴訟代理人は証人吉村貞文、同守屋寅一、同綱分信夫、同高杉進、同武田伊吉、同赤間源治、同田中初次の各証言並びに被告本人尋問の結果を援用し、甲第一、第二、号証、第四ないし第十号証、第十三ないし第十八号証の各成立を認め、甲第三、第十一、第十二号証はいずれも不知、甲第十三、第十四号証は利益に援用すると述べた。

理由

本件各不動産が、もと訴外吉村貞文の所有であつたこと及び被告と右訴外人との間の売買を原因として被告名義に所有権移転の登記がなされていることは、当事者間に争いがない。

原告は本件各不動産は昭和二十八年四月十五日渡辺商事が訴外吉村貞文から買い受けその所有権を取得したものであると主張し被告は同月下旬右訴外人から直接買い受けたものであると抗争するので、以下この点について判断する。

成立に争いのない甲第二号証、第四乃至第十号証、第十三乃至第十八号証、証人吉村貞文、同本田貞寿(第一回)の各証言により真正に成立したと認め得る甲第三号証、証人本田貞寿の証言(第一回)により真正に成立したと認め得る甲第十一号、証人本田貞寿(第二回)、同武田伊吉の証言により真正に成立したと認め得る甲第十二号証と証人吉村貞文、同守屋寅一、同綱分信夫、同高杉進、同武田伊吉の各証言、(証人高杉進、同武田伊吉の各証言中後記 措信しない部分を除く)被告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)を綜合すると、渡辺商事は不動産仲介業を営む会社であつて、被告はその代表取締役としての地位にあつたものであるが同会社は実質的には被告の個人営業の色彩が強かつたこと、被告は昭和二十八年四月十五日頃守屋寅一及び綱分信夫の幹旋により本件各不動産を含む土地山林について将来住宅用分譲地として転売する意図の下にその所有者であつた訴外吉村貞文との間に売買契約を結び、その後同年五月八日右土地山林につき同訴外人の先代吉村貞隆から右吉村貞文名義に所有権移載登記がなされるのを待つて、代金を支払うと引換えに、同訴外人から印鑑証明書及び所有権移転登記手続のための白紙委任状を受取つたこと、当時同訴外人は被告から有限会社渡辺商事の肩書ある名刺をもらい、買主は右会社であると思つていたこと、右契約書は作成されなかつたが、同年六月頃同訴外人は税金関係の必要から本件土地山林の売買につき契約書を作成しておく方が良いと考えて、被告にその諒解を求めたところ、その同意を得たので、自からの土地売買契約書と題する書面(甲第二号証)を作成した上、渡辺商事の事務員から「有限会社渡辺商事不動産部」の記名、「渡辺商事」の社印及び社長印の押捺を受けたもので、同契約書には買主は渡辺商事と表示されていたこと、これより先被告は右土地山林の買受に際し、高杉進、加藤勝夫及び宮村健一から融資を受け、同年十一月末頃右宮村への返済及び前記土地山林の分譲に要する整地、広告費等の資金として、更に武田伊吉から融資を受けたが被告は右融資を受けるに際しその条件として右武田のため右土地山林に担保権を設定する必要から、同年十一月二十八日始めて本件各不動産を含む土地山林についていずれも被告名義に所有権移転登記をなしたこと、当初被告は右土地山林の値上りを待つため手放す考えはなかつたが、右借受金の返済のためにこれを分譲する必要に迫られ、昭和二十九年四月頃から分譲を始めたこと、右土地山林の分譲は桜ケ丘分譲なる名目の下に渡辺商事の営業として処理された右高杉、加藤、武田からの借入金はいずれも渡辺商事の債務として同会社の会計帳簿に記帳され同会社においてその支払がなされていること、なお土地の分譲は渡辺商事が売主として瑕疵担保責任を負うが、登記は被告名義になつていた関係で、被告から買主に移転登記をする形式になつていたことをそれぞれ認めることができる。

右認定に反する証人赤間源治、同高杉進、同武田伊吉の各証言及び被告本人尋問の結果部分はたやすく借信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。右認定の事実によれば被告は訴外吉村貞文から本件各不動産を買い受けるについては、その代表者となつていた渡辺商事とは別箇の個人として買い受けたものではなく、むしろこれが分譲による転売利益を得るため、不動産仲介業を営む渡辺商事の代表者として買い受けたと認めるのが相当である。もつとも前掲甲第十一号証の山田重子の供述記載中には「本件土地は被告の所有であつて渡辺商事が委託を受けて売買したことになつている」旨の記載があるが、他方同供述中には「渡辺商事が解散するまで被告が個人の立場で不動産を売買したことはない」旨の記載があり、右売買の委託は真実のものでなく本件各不動産が被告名義に登記されている関係上とつた形式にすぎないと認めることができるし、また前掲甲第十三号証には前記高杉、加藤、武田に関する借入金等の返済につき立替金の記載がなされているけれども、右記載を以てしては前掲認定の各証拠に照らし未だ右認定を覆すには足りないというべきである。なお証人守屋寅一、同綱分信夫、同田中初次の各証言中には本件売買契約の買主は被告個人と思う旨の供述があるが、同人等はいずれも当時被告において渡辺商事なる会社を経営していることは知らずに被告が自ら本件売買契約の交渉に当りまた被告名義に登記がなされていた関係で右のように考えたにすぎないことが認められるから右認定を左右するには足りないものである。とすれば前記認定のとおり渡辺商事は昭和二十八年四月十五日頃訴外吉村貞文より本件各不動産を買い受けてその所有権を取得したもので、吉村貞文と渡辺商事の代表者であつた被告個人との間には何んら譲渡行為はなかつたと認めるのが相当であるから前記各登記は実体関係に符号しない無効なものと言わなければならない。しかして登記が実体関係に符号しない場合、即ち訴外吉村貞文と渡辺商事との間に不動産所有権の移転があつたにも拘らず、それに応じた登記がなされず、却つて所有権の移転はなかつた被告本人の所有権が移転したかのような登記がなされている場合、所有権者である渡辺商事は実体関係に符合させるため直接被告に対し所有権移転登記手続を請求し得るものと解される。渡辺商事が、昭和三十一年十月二十九日現在において、国税合計百九十七万三千七百二十円を滞納している事実は当事者間に争いがなく、成立について争いのない甲第一号証、並びに前掲第十一号証によれば渡辺商事は本件各不動産以外には資産のないことが明らかであるから、右渡辺商事に対する国税徴収権を保全するため渡辺商事に代位して被告に対し、渡辺商事に本件各不動産につきそれぞれ所有権移転登記手続を求める原告の本訴請求は正当と認められる。よつて原告の請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鍛治四郎 裁判官 桑原宗朝 裁判官 杉島広利)

物件目録

福岡市大字島字熊本四五六番地の一

一、山林 六反壱畝弐歩

同 所四五六番地の三二

一、山林 参畝六歩

同 所四五六番地の五四

一、山林 拾四歩

同 所四五六番地の七七

一、山林 四畝拾四歩

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